佐伯獣医科病院
狂犬病の予防接種を行いましょう。
狂犬病は発症してしまうと100%死に至る病気です。
その上、人間に感染する病気です。その為、狂犬病予防法という法律で、全ての飼い犬に義務づけられた予防接種ですので、接種するようにしましょう。
「台湾で52年ぶりに狂犬病発生」に関連して
狂犬病とは
狂犬病?過去の病気でしょ?
たしかに50年以上発生がなく、獣医師を含めて実際の病気を見たことがない人がほとんど…それが日本の現状です。
しかし本当に撲滅された過去の病気なのでしょうか?
昨年(2013年7月)、お隣りの台湾で52年ぶりの発生があったことから、狂犬病の解説と、日本を取り巻く状況についてお話したいと思います。
狂犬病とは狂犬病ウィルスによりすべての哺乳類に感染する人獣共通感染症です。
主に狂犬病に感染した動物に咬まれ、唾液中に排出されるウィルスが傷口などから体内に侵入することで感染します。
人間での潜伏期間は普通1ヶ月~3ヶ月ですが、1年から2年後に発症した事例もあります。(犬の潜伏期間は2週間から2ヶ月、最長6ケ月。猫では2週間から3週間、最長51日)
発病前に感染しているかどうかを調べることはできません。
一旦発病すると人獣ともに治療法が無く、ほぼ100%死亡する大変こわい病気です。(人では感染動物に咬まれたあと、できるだけ早くワクチンを連続接種することで発症を抑えることができます)
日本では1956年を最後に(※)発生がありませんが、世界的に見ると、日本、英国、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド等の一部の国を除いて世界的に発生が見られ、世界保健機構(WHO)推計では世界で年間約55,000人が亡くなっており、うち大半がアジアで発生していると報告しています。
※国内での発生はありませんが、アジア地域に渡航し帰国した後、狂犬病を発症し死亡した例は最近では2006年に2件あります。
台湾での狂犬病発生ニュース
2013年7月、狂犬病の数少ない「清浄地域」だった台湾で狂犬病の発生が52年ぶりに確認されました。
野性のイタチアナグマに咬まれた子犬1頭が狂犬病を発症。
2013年9月付けでイタチアナグマ130頭、ジャコウネズミ1頭の発生が確認されています。
台東部で人への咬傷も確認され(人は暴露後免疫接種)、これでアジア地域での清浄地域は日本のみということになりました。(北朝鮮は不明ですがおそらく発生国と思われる)
農水省では台湾を非清浄地域に指定し、犬等を輸入する際には予防接種、血液検査を行う必要を指示しました。
ここで、「清浄地域」と「指定地域」という名称が出てきたついでに、簡単に説明します。
『指定地域』とは
『日本の農林水産大臣が指定している狂犬病の清浄国・地域。現在、下記の6地域のみ。
アイスランド、オーストラリア、ニュージーランド、 フィジー諸島、ハワイ、グアム 』
犬、猫を輸入する際の手続きが農林大臣の指定する『指定地域』と指定地域以外(狂犬病発生国)では異なります。
狂犬病の発生のない地域=清浄地域ですが、清浄地域=指定地域とは完全には一致しません。
なぜなら、その一例として、英国、アイルランド、ノルウェー、スウェーデンは狂犬病発生のない清浄地域ですが、2012年1月1日より犬の輸出入の規制を緩和しました。緩和対象国には狂犬病発生国も含まれるため、我が国では同年同日この4ヶ国を指定地域から除外しました。
このように動物の輸出入規制は国によって異なってきます。
侵入リスク
上の内容だけ見ると、日本は犬猫の輸入規制は厳しいように思えます。ではこれからも狂犬病は安心!…と言いたいところですが、残念ながら侵入リスクは近年高まっていると言われています。
なぜか?
一つには一般貨物に紛れ込んだ小動物からの感染というリスクがあります。
規制緩和によって、一定の基準を満たしたコンテナ貨物は注文主のいる地域に運ばれてから開かれるため、小動物が紛れ込んでいても税関で発見されずに、感染動物が内陸部に直接侵入するというリスクが考えられます。
実際、中国からのコンテナ内に紛れ込んでいたネコが人が咬んだケースや(ネコは幸い非感染でした)、国外の例では、アメリカからハワイ(狂犬病清浄地域)への貨物にコウモリが紛れ込み、捕獲後このコウモリが狂犬病に感染していることが確認されたケースもあります。このように犬猫輸入以外にも「侵入リスク」はあるのです。
さらに不法に持ち込まれる動物からの感染リスクもあります。
例として、ロシアから来航する船には「船の守り神」として無検疫の犬の乗船が多く、犬が不法に上陸しないよう監視が行われています。
ロシア、アメリカ、そして中国(日本への貨物の約半数を占める)はいずれも狂犬病発生国であり、特に中国は20世紀末から狂犬病による死亡者が増えており、年間約2500人の死者を出している狂犬病流行国です。
次に韓国の例からみますと、一旦狂犬病を制圧したものの、1993年に再流行を見ています。
再流行する前年の1992年の飼い犬のワクチン接種率は19%であったといわれ、再発生をきっかけに摂取率は上昇しますが、北朝鮮との非武装地帯の野生動物(たぬき)に流行し、この地域を中心に発生が終わりません。
韓国の例から分かるのは、一旦管理の難しい野生動物に流行してしまうと、なかなか制圧が難しくなるという点です。
ちなみに日本ではワクチン接種率は現在40%と見られ、流行を防ぐために必要とされるWHOガイドラインの70%を遥かに下回っています。
以上のことから日本における再発生にそなえて、貨物輸送に携わる関係者への啓蒙、さらには農林水産省と厚生労働省の連携やシミュレーション等、侵入にそなえた事前準備が一層重要となっています。
そして飼い主の皆様には過去の病気とあなどらず、飼い主の義務としてきちんと予防接種を受けていただきたいと思います。
犬猫の臨床診断
我が国では50年以上病気の発生がないため、狂犬病を経験した獣医師がすでに現役を退き、臨床診断の実施が困難になっています。
参考までに以下の資料を添付します。
①イヌ、ネコ、ヒトの症状の比較
②イヌジステンバーとの比較
③タイ赤十字研究所によるイヌの臨床診断方法
- イヌ、ネコ、ヒトの症状比較
- イヌ・ネコ・ヒトの症状比較.pdf
- PDFファイル 419.4 KB
- ダウンロード
- イヌジステンバーとの症状比較
- 近年、野性化したアライグマがジステンバーに大量感染していることが明らかになりました(2008.10.25朝日新聞)。同じく中枢神経症状を呈するジステンバー症との比較は重要と思われます。
- ジステンバー症と狂犬病の比較.pdf
- PDFファイル 431.0 KB
- ダウンロード
- 狂犬病臨床診断(イヌ)
- 臨床診断はヒト暴露後予防の早い段階での可否、確定診断に有効です。タイでの臨床診断では94%以上の精度を報告されている。
- 狂犬病診断-.jpg
- JPEGファイル 692.9 KB
- ダウンロード
最後に
『侵入リスク』の話からも分かるように、国内発生のリスクはすでに対岸の火事として見過ごせる状況ではありません。
狂犬病疑いの動物が検疫所以外で発見された場合、国内の流行はすでに始まっている可能性が否定できません。
しかし臨床診断を速やかかつ正確に実施できれば、狂犬病の再発生も早期収束に
つなげることが可能です。
そのためにも獣医師のみならず、行政担当者も含めて、病気の性質や臨床診断の知識を学んでいただきたいと思います。
そして狂犬病予防接種ですが、昨今の国内状況は流行を防ぐために必要とされる70%を下回っています。国民の義務として、犬の飼い主の方は必ず狂犬病予防接種を受けさせていただきたいと思います。
- ◯参考
- 東獣ジャーナル2013.10 No.560
- 厚生労働省「狂犬病に関するQ&Aについて」
- http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/07.html
- 農水省「水際における狂犬病対策について」
- http://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/eisei/rabies/